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タイコンデロガ (空母) : ミニ英和和英辞書
タイコンデロガ (空母)[はは]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [そら]
 【名詞】 1. sky 2. the heavens 
空母 : [くうぼ]
 【名詞】 1. aircraft carrier 
: [はは]
 【名詞】 1. (hum) mother 

タイコンデロガ (空母) : ウィキペディア日本語版
タイコンデロガ (空母)[はは]

タイコンデロガ (USS Ticonderoga, CV/CVA/CVS-14) は、アメリカ海軍エセックス級航空母艦で、同級空母としては10番目に就役した。
タイコンデロガはニューヨーク州北部にあるアメリカ独立戦争時の古戦場であり18世紀に作られた「タイコンデロガ要塞」が由来。イロコイの言葉で「二つの水に挟まれた場所」の意味がある。その名を持つ艦としては4隻目。現在その艦名はイージス艦タイコンデロガに引き継がれている。
== 艦歴 ==
当初はハンコックの艦名で1943年2月1日にバージニア州ニューポートニューズニューポート・ニューズ造船所で起工された。1943年5月1日にタイコンデロガに改名され、1944年2月7日にステファニー・サラ・ペルによって進水する。1944年5月8日にノーフォーク海軍工廠で初代艦長ディキシー・キーファー大佐の指揮下就役する。1943年の対空火器改善計画に伴い飛行甲板前端に機銃座を増設するために船体を延長した長船体型の第一艦である。長船体型は「ロングハル-エセックス」あるいは「タイコンデロガ級」と呼ばれることもあるが、アメリカ海軍においては同じエセックス級であり、これらを区別していない。
タイコンデロガは第89航空団を乗艦させると整調訓練のためおよそ二ヶ月をノーフォークで過ごす。6月26日に英領西インド諸島へ向けて出航する。航海の途中も航空作戦及び訓練を指揮しながら、スペイントリニダードに6月30日到着する。続く15日にわたってタイコンデロガは乗組員及び搭載航空団への集中的な訓練を行う。7月16日に西インド諸島を出発し、22日にノーフォークに帰還する。8日後にタイコンデロガはパナマに向かった。9月4日にパナマ運河を通過し、サンディエゴに向かう。13日にサンディエゴに停泊し、給油、航空燃料補給、77機の艦載機と海兵隊航空団を搭載する。19日にハワイに向けて出航し、5日後に到着した。
タイコンデロガはほぼ一ヶ月を真珠湾で留まり、輸送艦カリーナ (''USS Carina, AK-74'') と共に艦載機用爆弾の洋上補給訓練を行った。それらの訓練後に昼夜の着艦及び対空防御訓練を10月18日まで行い、真珠湾を出港し西太平洋に向かう。短期間のエニウェトク停泊後、29日にウルシー環礁に到着する。ウルシーでは第6空母部隊の指揮官アーサー・W・ラドフォード少将が乗艦し、タイコンデロガはフレデリック・C・シャーマン少将指揮する第38.3任務部隊に加わる。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「タイコンデロガ (空母)」の詳細全文を読む




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